私の前の一枚の圧着ハガキ印刷。

アリストテレスは云った「私は敵を倒した者より、自分の欲望を克服した者の方を、より勇者と見る。
自らに勝つことこそ最も難しい勝利だからだ」と。
私の前に一枚の圧着ハガキ印刷がある。
私は知っている。
この圧着ハガキは消費者の引き上げツールであることを。
「大セール!」「大特価!」と踊っていても、
現在必要なものはパッと思いつかないのだから、いらないはずなのだ。
しかし、どうにもこの圧着という代物を剥がしてみたい衝動に駆られる。
しかし開けてしまったら最後、広告全てに目を通し、無駄な時間を使うだろう。
私は自分に勝てるだろうか…。

アリストテレスの著作とトラックの本やチャーター便などの種類の本。

全ての哲学はプラトンの注釈であると言われながらも、
アリストテレスの残した著作は550巻程あったそうです。
派生の考えで550巻も作り上げれるものなのでしょうか。
それだけ哲学が凄い発明だとも言えるのかもしれません。
知人の子供が大のトラック好きでトラックの本やチャーター便などの種類の本を沢山持っていて、
遊びに行くと見せてくれるのですが、私なんかは細かい種類の差が全然分からないんですね。
もしかしたら、アリストテレスの著作もこういうことなのかなって、その時思いました。

井之頭病院の哲学者について

私の高校生の時からの友人、
今は井之頭病院で看護師をしているんですが、
この友人がさいきん面白いことをいっていたので紹介します。
井之頭病院の近くのカフェではフクロウを飼っている?らしく、
フクロウを眺めながらお茶が飲めるらしいのですが、
このフクロウは「森の哲学者」と言われている事をご存知でしたでしょうか?
思慮深そうではありますよね(笑)。
ただ、今はいろんな動物が「哲学者」の座を争っており、
カモシカやオランウータンもそうらしいですよ。
そうそう、ムーミンではジャコウネズミが哲学者でしたね。
みなさんはどう思いますか?

江東区の葬儀で考えたこと

アリストテレスの自然哲学はプラトンに集約されたギリシャ古来の
伝統的な自然観にアリストテレス独自の理論を接ぎ木したものです。
アリストテレスの自然哲学は極めて目的論的色彩の強いものです。
面白いところはアリストテレスは肉体と理性を分離して
考えているところなのですが、
そんなことを江東区の葬儀場で考えていたんです。
アリストテレスの哲学を教えてくれた恩師が亡くなられて、
葬儀に参列した瞬間にいろいろ思い出しました。
ご冥福をお祈りします。

アリストテレスに学ぶ人間関係/漏水点検参加

皮肉屋だったソクラテスやプラトンに比べ、
アリストテレスは真面目であったと私は思います。
なぜなら超越的なプラトン哲学を
元々のギリシャの観念に戻そうと考えてた節からです。
進化より原点回帰を思考する人間は、周りとの調和を考える性格と言えます。
多分、周りを見つつ自分の思想を考えていったのだと思います。
そんな性格を見習おうと思った私。
手始めに町内で漏水点検をする事があり、
本来は面倒だしそんな事はないだろうと思っていたのですが、点検してもらう事に。
結果は漏水予備軍発見で。受けて正解。
こんなこともあるんだなぁ。

プロミス過払い件など、哲学でも元に戻すのは大変。

アリストテレスは、プラトンの飛び抜けた超自然学(形而上学)を
ギリシャの元にあった考えに戻そうとした人とも言えます。
とはいえ、西洋哲学は全てプラトンの注釈であると言われます、
そう考えるとアリストテレスはプラトンの思考を超える事が
出来なかったとも言えるかもしれません。
元に戻す事で、最近気になっているのが消費者金融の過払い金請求。
武富士は経営破綻し、アコム、アイフルやプロミスも過払い請求が膨れ上がり、
経営が困難な状態が続いています。
何が言いたいと言いますと、元に戻すのには骨折れるんだなと。
アリストテレスも大変だったのかなぁ。

ベンサムのように太陽光発電のメリットを語られても

ジェレミ・ベンサムは「最大多数個人の最大幸福」などの功利主義で有名です。
先日私の友人が何故だか、太陽光発電のメリットを
このベンサムの理論を用いて説明してきたんですよね。
「確かに太陽光発電はデメリットもある事は確かだが、メリットがの方が遥かに多く、
これは最大幸福に通じるよねだから…」云々と。
すまないが私は、ベンサムもミルもそんなに好きじゃないんだ。
何故なら、幸福論ならカントの方を支持しているから。
ベンサムじゃなくてカントを用いて説明できたら心も動いたかもな〜。
無理だけど。

メンズエステ求人に見る考察

メンズエステの求人広告が私の家のポストに入っていました。
なのでメンズエステに通う男性の気持ちを考察。醜貌恐怖というものあります。
人間は美しさを求めますが、それが度を超えてしまう症状です。
プラトンのイデア論によれば、元々人間はイデア世界で究極美を目撃しており、
生まれた時にそれを忘れているがはなんとなくは覚えており、
それに向かって美を追求しているとされています。
とはいえ、メンズエステに通う人がそんな事を考えて通っていませんよね。
単純にモテるためだろうなぁー。

パチンコの装飾は独特ですね

アリストテレスは真に哲学的な精神を持っていたとされています。
このサイトではアリストテレスについての私なりの分析を書いて行くつもりですが、
日常の出来ごとを書く日もあることをご了承ください^^;
さて、今日はパチンコの装飾をアリストテレスが見たときに、どんな言葉を発するか、
を考えていきたいと思います。
アリストテレス的な体系化、分類はどのように行われていくのか。
まず驚く、というのはおいておいて(笑)。
みなさんの意見を聞きつつ、自分なりの考えをまとめていきたいと思います。

哲学と雛人形の関係。川越は有名?

正直この季節は個人的に好きではないので、
気分だけでも春の事を考えようと思います。
何故、人は哲学するのか。
悩み=不安要素の合理化、最適化ではないかと私は思います。
これは知識を以て汚れをなくす事なのでは?とも考えています。
日本には汚れを取り去る行事が多数あります。
春でスタンダードなのは実は雛人形。
子供への厄を、雛人形が代替してくれるのです。
脱線しますが雛人形だと川越が有名だと聞いた事があるのですが本当でしょうか?
哲学であれ、儀式であれ、問題は自分でしっかり解決出来るといいですよね。

トイレのつまりを哲学ならどう解決する?

どうしたものか…。
現代では、科学的考えが主流ですから、エビデンスがなければ絵空事。
哲学的な考えは、メタ的発想も多く立証しようもありません。
いくら脳科学が発展しても心の真相までは、データで示す事は出来ないでしょう。
答えはあるようでないのです。
もし哲学的問題と物的問題に同時に直面したら、
有限な時間を有効活用する場合、後者を選ぶべき。
今、私の家のトイレがつまり全く使用できない問題がある。
便意が近いが、公園のトイレは遠い。倫理観か妥協か。
それが今は問題だ。